平常心

  こんにちは!加治屋です。

新しくホームページを開設したので、最初のブログを書きます。

写真は、普段稽古をしている、小倉南区の横代体育館の玄関から内部に向かって、カメラを向けています。私が取っている構えは、二刀の右脇構えです。

玄関上には、『平常心』の額が掛かっています。

よく使われる平常心という言葉ですが、どんな意味でしょうか?

『五輪書』の水の巻、兵法心持の事から全文を引用してみます。

 

兵法の道におゐて、心の持様ハ、常の心に替る事なかれ。
常にも兵法のときにも、少も替らずして、心を廣く直にして、
きつくひつぱらず、すこしもたるまず、心のかたよらぬやうに、心をまん中に置て、
心を静にゆるがせて、其ゆるぎのせつなも、ゆるぎやまぬやうに、能々吟味すべし。
静なるときも、こゝろハしづかならず、何と早き時も、心ハ少もはやからず。
心ハ躰につれず、躰ハ心につれず、心に用心して、身には用心をせず。
心のたらぬ事なくして、心を少もあまらせず、上の心はよハくとも、底の心を強く、
心を人に見分けられざる様にして、少身なるものハ、心に大なる事を残らず知り、
大身なるものハ、心にちいさき事を能知りて、大身も小身も、心を直にして、

我身のひいきをせざる様に、心をもつ事肝要也。
心の内にごらず、廣くして、廣き所に智恵をおくべき也。
智恵も心も、ひたとみがく事専也。
智恵をとぎ、天下の利非をわきまへ、物毎の善悪をしり、
万の藝能、其道々をわたり、世間の人にすこしもだまされざるやうにして、
後、兵法の智恵となる心也。
兵法の智恵におゐて、とりわきちがふ事、有もの也。
戦の場、万事せわしき時なりとも、兵法、道理を極め、うごきなき心、

能々吟味すべし。

 

以上、引用終わり。

 

平常心、それ自体の意味は、普段と変わらない心。それが、常に保たれれば良いかというとそうは行かない。普段の心の質が問われる。

知恵も心も、ひたとみがくことが、第一だとあります。

みがくには、どうすれば良いかというと、天下の理非をわきまえ、物毎の善悪をしり、

つまり、自分で物事が判断できるほどの教養というべきものを身につけ、万の藝能、

これは、いろいろな武芸ということでしょうか、其道々をわたり、しかし、そこにも違っていることもあり、その面でも自分で道理を極めることができたとき、動揺しない心が得られ、平常心を保つ意味が出てくるのです。